元非正規雇用女の自分語り

 

私は派遣社員として1年間働き、先月末退職した。

福利厚生の面も大変優れており、また勤め続ければ正社員登用も十分に有り得る会社だった。私自身、入社当初は希望を見出し、この会社で正社員になりたいと強く感じていた。

しかし退職した。不眠と、慢性的な体調不良が原因だった。

 

 

私は4年制の美術大学を卒業したが、新卒カードを切ってさえ就職はできなかった。しかし遅く長い反抗期を迎えていた私には、大学卒業後も実家で暮らすという選択肢は無かった。

地方に住んでいた私は、関東に出さえすれば希望があると信じ上京した。

 

幸い働き口はあり、アルバイトをしながら何とか一人暮らしをしていた。

昼夜問わずの不定期な業務時間、時には休憩もほぼ無く8時間労働など軽く超える日もあったが、同僚に恵まれ1年近く継続した。

ある日、バイト先の運営会社から声が掛かった。美大出身だからこその仕事だった。

 

激務だった。朝8時に出勤し夜11時を過ぎて終電で帰宅した。帰宅後は簡単な家事を済ませ、短い睡眠を取るだけの日々が続いた。納期前には会社に寝泊りすることもあった。入社式と新人研修で初日から定時退社などできなかったことは笑い話である。

スーツに皺が寄ってもアイロンをかける時間など無く、クリーニングに出す余裕も無い。休日出勤が横行し、数少ない休日は泥のように眠るか持ち帰った仕事を処理していた。毎月一度行われる全社員研修は休日出勤とみなされず、宗教じみた自己研鑽研修を受けさせられた。自分自身の為だそうだ。

時間が取れず連絡も滞り、当時付き合っていた恋人にも責められ別れる事になった。その時私は、悪質なクライアントが一件減ったような気分になり正直ホッとしたのを覚えている。

毎月の給与明細には18万円と書かれていた。手取りにすればさらに少なくなる。契約社員としては、職務経験の無い身としては十分だと言い聞かせたが、時給換算は恐ろしくてできなかった。

朝を迎えることが怖くなり、眠れなくなった。抑鬱病の診断が下りた。勤怠も崩れ、私は明日から来なくて良いと伝えられた。1年すら経っていなかった。

明らかなブラック企業だが、心身ともに疲れ果てた私には訴えを出すことなどできず休むことしかできなかった。一度会社の前を通ったが、定時を過ぎても相変わらず電灯が明るく輝いていてゾッとした。後から聞いた話によると同期は全員退職したそうだ。

 

実家に帰ることも考えたが、両親の離婚騒動の直後で、しかも妹が妊娠中絶したと聞かされ気が進まなかった。

求人情報をスマホで眺め、目に付いた派遣の求人へ軽い気持ちで応募した。電話応対の仕事だ。

適当に選んだ仕事だったが時給は良く、初月は研修期間も設けられている良心的な会社に感じた。講師も元々ブラック企業から退職し、派遣社員から正社員になったと聞かされた。講師の元職場での待遇は私よりも余程劣悪で、自分は甘えていたのではないか、弱すぎたのだと感じた。実際体力の無さは足を引っ張り続けている。

研修期間の評価は我ながら良かった。周囲の人間が劣ってさえ感じた。これなら頑張っていけると思えた。しかし実際の業務に移ると現実を突き付けられた。

私は生来、注意力散漫であることを頻繁に指摘される。また話を聞き取る能力も高いとはいえず聞き返してばかりいる。しかも口下手で滑舌も悪い。電話対応は困難を極めた。まして個人情報保護が重視される社会である、一言も聞き漏らさず、業務フローを遵守し流暢に問合せへ応じる。過度な緊張は業務中常に続いた。

休憩時間には同僚と歓談することになった。コミュニケーション能力に不安を抱える私にとっては休憩時間さえも緊張は解けなかった。比較的話しやすかった同僚は既に退職していた。

電話応対は業務時間中休む間も無く行われる。何件取っても終わらず、達成感を感じられなくなる。いつからか迷路を彷徨う気分になり、頻繁に気が遠くなるようになった。

半年ほど経った頃、胸を刺すような痛みに襲われるようになった。扁桃腺が腫れたような息苦しさも頻繁に感じ、慢性的な頭痛から鎮痛剤が手放せなくなった。異様に喉が渇き、それまでの数倍の水分を摂取した。前職より余暇が多いにも拘わらず、趣味に没頭する気力も無くなった。

同僚との交流も疲れ果てて止めた。不眠が再発し、頭が働かなくなりミスを起こした。ミスを思い出し眠れず、ようやく寝付いても悪夢で目覚めることが増えた。限界だった。私は会社に行くことを止めた。無断欠勤、社会人として最低である。自己嫌悪は強くなる一方だった。

 

派遣契約を更新せず解除した今でも胃は荒れて慢性的な吐き気に悩まされている。

会社のことを思い出しては胸が痛み、夜眠っては会社で失敗する悪夢を見て飛び起きる。趣味に興じる気力が失われていないことが救いだ。

 

レールに乗る努力を怠った人間は、いざレールに乗ることができても進むことが出来なくなる。下りるか、轢き殺されるかの二択でしかない。私は下りて、自己嫌悪と希死感の迷路をひたすら彷徨っている。未来に希望など無い。

もっと楽に生きたいと願うのは罪なのだろうか。私が弱いだけなのだろうか。